百道浜の海は、泣いていた。
もし何年も眠り続け、たった今、目を覚まして、
この砂浜に立ったとしたら、
今日は何月で、今がいったい何時なのかさえ分からないほど、
肌寒く、薄暗く、そして、冷たい小雨が降っていた。
昔の私の声が聞こえる。
はしゃいだり、笑ったり、誰かと出会った場所、別れた場所。
私はいつ大人になってしまったのだろう。
記憶を遡ってもそれがいつだったのか、
どうしてだったのか、思い出せない。
今でも子供のように泣き、
小さな出来事に一喜一憂する。
それでも、私は随分変わってしまった。
強くなったし、弱くもなった。
これからも、私は変わり続けるだろう。
でもそれは、何かを失うことではなく、
どこかへ向っていくだけのこと。
もっとたくさんの優しさや愛情を持とうと思う。
もっと誠実に、もっと強い心を持って生きていこうと思う。
本当に守りたいものが、ちゃんとこの手で守れるように。
この闘ってきた数年が、決して無にならないように。
なぜその違和感は、これほどまでに心の闇を支配してしまうのだろう。
不安や恐怖から目を背けることが出来なくて。
「あなたは守るものが多すぎるから」、と。
遠い昔に言われた言葉も、今なら意味が分かる、
「私にはそれしか、方法がないから」、と。
朝起きて窓の外を見ると銀世界、とまではいきませんが、
あたり一面は真っ白。
関東のお客様に言うと、福岡も雪降るんですか、と
よく言われるのですが、実は日本海側っぽい福岡の冬は寒く、
特に1月後半から2月にかけて雪も多いような気がします。
サラサラではなく、どちらかというと水っぽい雪なので、
積もることは少なく、日中に解けてしまうことがほとんど。
それでも、いつもより眩しい景色に、
心を奪われてしまいました。
しんしんと、音もなく降り続けても、
すぐに解けてなくなってしまうこの雪の儚さに、
複雑な自分の心境を重ねてしまい、
気がつけば、ふと窓の外を眺めたまま、
どのくらい、時間がたったのかも分からず。
足踏みしてられないほど、やるべきことが山積みですが、
季節の移ろいをこの窓から感じ、少しだけ、自分を振り返って、
また、明日から新しい1日をがんばります。
ほんと頑張らなきゃ。
表に出ると、雪がちらついていた。
凍えるほど寒いはずなのに、体に残る余熱がそれを感じさせない。
とまっていた時間が動き出した証拠なのか。
不思議なもので、何かを思い出そうとすると、色がついていたり、
記憶の断片だけが繰り返しループのように流れたり。
オレンジ色の甘い色だったり、
モノクロームの冷たい景色だったり。
スローモーションの映像だったり、セピア色のスチルだったり。
流れるピアノの音、オーセンティックなバー、雑踏、
川に移りこむ景色、記憶に残る一つ一つの言葉。
いくら記憶を彷徨っても、現実世界に引き戻される。
私が私である理由を問い続けられ、孤独や困難や焦燥感を何度も何度も
突きつけられては、目を瞑って乗り越えなければならない、
そんな世界に簡単に連れ戻されてしまうのだ。
自分で選んだ世界。私が棲む領域。
その世界と世界を移動するわずかの時間が、
あまりにも儚くて、
その儚さに慣れることはもうずっとこの先もないのだと
分かっているから、余計に寂しくて。
いつもより少し甘めの清涼菓子が、何かから救ってくる気がした。

冷静と情熱のあいだ
もう10年近く前の映画になってしまいましたが、
大好きな映画です。 大好き、というよりも、
少しだけ立ち止まり、自分を省みるトリガーになっている映画、
といったところでしょうか。
この映画のストーリーと似たような経験があって、
私の遠い記憶からそのことが呼び起こされて、
心が締め付けられて、少しずつ今の自分に戻ってくるような、
そんな心のタイムトリップができてしまいます。
つきなみですが、たくさんの涙が色々なものをリセット
してくれるのかもしれません。
自分はHandy だなあ、と。(単純というか、お手軽というか)
もう、ずっとずっと前、私が高校生くらいだった頃、
思えば初めて恋愛という恋愛をした、女性がいました。
その女性とは、私の我侭から別れてしまうのですが、
別れ際に彼女は、今からちょうど3年後にもう一度会おうと言います。
私は「分かった」と、「お互いに成長して、また笑って会おう」と約束しました。
よく二人で歩き、たくさん喧嘩をし、泣いたり笑ったりしたビーチで。
3年後、私は約束をはっきりと覚えていたのですが、
残念ながらイギリスにいたため、そのビーチに行くことは
できませんでした。
手紙を書こうにも、もう彼女は引っ越していて、
どこに行ってしまったのか。
風の噂で、関東の大学に通っているとだけ、聞いていました。
私はイリギスから戻り、東京の大学に通うため上京し、
ふらふらと、彷徨っていたのですが、
20歳くらいの頃でしょうか、偶然、電車の中で彼女を見かけてしまいます。
あれからもう、何年もたって、大人になった彼女が目の前にいました。
なぜか私は声をかけれず、私に気がつかないだろう彼女は、
すぐに次の駅で降りていきました。
ただただ、約束を守れなかったことを謝りたかった。
声をかけなかったことをずいぶん後悔しました。
それから、数年たって、私は福岡に戻って仕事に没頭していました。
お金がなく、昼も夜も関係なく働いている頃でした。
すると、今度は福岡で、また彼女を見かけてしまいました。
今度こそ、あのことを謝ろうと思った矢先、彼女はタクシーに
乗り込んでいってしまいました。
約束から15年以上が経ち、私の心の中では守れなかった約束が、
淡い思い出として記憶に残っています。
彼女はもうそのことすら覚えていないのかもしれません。
こんなことを言うと、とても失礼なのかもしれませんが、
私自身、今、彼女と街ですれ違っても、彼女だとは分からないでしょう。
それくらい、記憶はもう曖昧で、あのとき交わした言葉も、
最後にもらった手紙も、何が書いてあったのかさえ、
思い出せません。
ただそこにあるのは、約束という思い出と、それを守れなかった私のsin
もう時効ですかね、たぶん。
そんなこんなで、この映画を見ると、切ない気持ちでいっぱいになり、
同じシーンで何度も号泣し、そして、昔のことを思い出し、
会社のこと、お客様のこと、今の自分たちのこと、愛する社員のことを考え、
少しだけ優しい気持ちになって、また頑張ろうと思えるのです。
そんな心のトリガーを、久しぶりに引いた、今日このごろです。

